NPO法人
ゼファー池袋まちづくり

News&Rport お知らせ・活動報告

「戦後池袋―ヤミ市から自由文化都市へ―」に行ってきました。(後編)

2015.09.27

池袋学

前編の続きです。007
9月の18日㈮から20日㈰の3日間はステージ以外も盛り上がっていました。「ヤミ市風自由市場」では飲食を中心とした様々な露天が出ていました。戦中戦後ということを意識してか、すいとんの販売も行っておりました。物珍しさと美味しさもあって連日完売だったとのことです。

西口公園の出店といえば、常連である東松山名物のやきとり!「やきとり」といってもこちらは豚肉。一般に焼き鳥は鶏肉オンリーなのですが平仮名だと焼き豚を指すそうです。北海道でも「やきとり」は豚肉だったりします。カシラを中心とした部位を辛味噌で。これがもうビールのすすむ味だこと。

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お酒は「池袋西口ホッピー祭」と称して協賛企業であるホッピービバレッジ㈱さんが販売していました。ビールやチューハイもありましたが、やはり目玉はホッピー!リーズナブルでヘルシーなホッピーは大人気で屋台は大賑わいでした。今回の企画のためのオリジナルボトルの販売もしていました。実はホッピービバレッジ・石渡美奈社長は立教大学のOGで今回の「池袋=自由都市プロジェクト」実行委員長の同大学名誉教授・渡辺憲司さんの教え子で、先生自らのオファーだったそうです。師弟愛ですね!

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さて、場所は変わって東京芸術劇場。こちらでは特別展示「戦後池袋―ヤミ市から自由文化都市へ―」が催されていました。戦後池袋のパネル展示やジオラマなどの展示で当時の文化や風俗を味わいました。よく見知った駅前の風景は確かに違うのですが、その空気どこか現在とも通じるところがあり、「池袋らしさ」というのは脈々と息づいているのだな、と知らされました。当時の空気を表現した画家・パルコキノシタさんのライブペインティングも見事でした。

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日替わりで行われるギャラリートーク、私が伺った20日は豊島区観光協会会長の齋木勝好さん(当NPOの前理事長で常任相談役でもあります)と渡辺憲司さんによる「ヤミ市の記憶と池袋西口の発展」でした。「ヤミ市に近寄っちゃいけない」と言われつつも怪しげなヘビ売りに魅入られた記憶や、実際の危険はそれほどでもなかったという記憶、西口には映画館が多数あって映画の都だったという記憶、渡辺さんの学生時代の破天荒な記憶、会場に集まった当時を知る人々も混ざって語る記憶、いずれもが正確な記憶ではないのかも知れませんが、現在の西口を形成している全てが詰まっているような思いがしました。ちょっとアブナイ話も飛び出した放談に、会場は笑いが絶えませんでした。余談ですが、筆者も立教大のOBで、渡辺先生が教鞭を執っていた日本分学科の出身だったので、トーク終了後挨拶にいきました。直接に教わったことは少なかったものの、歓迎して下さいました。その明るい弁舌にお変わりがないことが嬉しかったです。ありがとうございました。

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今回の目玉はちゃんと保存されているものが少なく希少であるカストリ雑誌の展示。手にとって見られるものも沢山ありました。中身を読んでみると、確かにいわゆる「エロ・グロ」が目立つ内容は多く見受けられるものの、戦中弾圧されていた言論がそこにはあって、ゴシップ要素が強いながらも自由闊達な主張が行われていて、中には鋭い記事もありました。また奇抜ながらもカラフルでポップな表紙には新しい時代の到来を感じました。

人々の自由に対する渇望が、元々自由教育の地盤の存在した池袋に結実し、またの名を「自由市場」とするヤミ市が発達した池袋。混沌とした欲望の渦中には戦中に疲弊した人々の生活、笑いや涙が確かにあったように感じます。戦後70年を迎えた現在、今一度「自由」という言葉の表す意味を考え直したい、今回のプロジェクトで一段とその想いを強くしました。

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